日立の大煙突アルバム
  since 2003/05/13

◆復刻版の制作にあたって

 その完成までの苦心惨憺のドラマから直木賞作家である新田次郎氏の小説「ある町の高い煙突」のモデルにもなった工都日立のシンボル「大煙突」は、日立鉱山の銅精錬の煙害を防ぐため1914年(大正3年)に当時世界一の高さ155.7mで建設され、企業と市民の共存の象徴として日立市の発展を見続けるとともに、日立市に生活する者の誇りと心の支えになってきた。完成から3/4世紀過ぎた平成(1989年〜)の時代になると、劇団いちょうの会が 市民劇「ある町の高い煙突」を上演したり、(社)日立青年会議所がライトアップやフォトコンテストを実施したりするなど、「大煙突」の老朽化を惜しむ市民の声が高まって保存運動が展開された。そのような保存運動のさなか、1993年(平成5年)2月19日、突然の強風のため、日立の大煙突は上部2/3が倒壊してしまった。私を含め、当時日立市に生活していた者のショックが非常に大きかったのは言うまでもない。

 インターネットがまだ普及していなかった当時、AQUA-NETという日立市のパソコン通信ネットワーク(SYSOP 「AQUA」さん、既に閉鎖)に一部の愛好者達が集って電子掲示板で情報交換を行っていたが、そこでも大煙突倒壊は大きな話題となった。その情報交換の中で、メンバーの 「VFR400R」さんが倒壊数日前に偶然に撮影された貴重な「大煙突」の写真を無償で提供してくださり、その写真を 「SEIROU」さんがPhoto CDに書き込み、そのPhoto CDのデータを利用して私「MUUMIN」が1993年(平成5年)11月7日にMac用に電子アルバム化したものが初版の「日立の大煙突アルバム」である。初版のアルバムは、当時 「BIGBEN」さん主催のMachクラブというMacユーザ会等で配られたが、その後のビジネスにおけるWindowsマシンのデファクトスタンダード化に伴い、制作者の私ですら初版のアルバムを見ることが出来なくなってしまっていた。

 ふと気がつくと「大煙突」の倒壊から早10年が過ぎた。私の生活の場も日立市から離れて久しい。しかしながら、目を閉じれば、あの「大煙突」の雄姿は今でも脳裏にまざまざと蘇る。倒壊数日前の貴重な雄姿を後世の人に伝えたいと考え、今回の復刻版の制作を行った。なるべく初版のイメージを残しながら、多くの人に見ていただけるようにシンプルなWebページにした。ごゆっくりとご覧いただければ幸いである。

 なお、倒壊で1/3弱の長さになってしまった大煙突ではあるが、建設から90年近く経った今も現役として活躍していると聞く。実に喜ばしい限りである。
 


 

▼表紙

日立市 Open-Network AQUA-NET

  写真撮影:VFR400R
アルバム作成:MUUMIN
   作成日:1993/11/07

 

 

▼日立市のシンボル「大煙突」

日立市のシンボル「大煙突」

 1914年(大正3年)に建てられた大煙突は、その後の3/4世紀以上もの長き間にわたって工都日立の発展を見続けてきた・・・

 

 

▼大煙突と常磐自動車道

大煙突と常磐自動車道

 大煙突の手前に見える赤い立体道路は、常磐自動車道、さらにその手前の立体道路は、日立中央インターにつながる有料道路(1993年当時工事中)である。

 

 

 

▼三作山頂にそびえ立つ雄姿

三作山頂にそびえ立つ雄姿

「日立の大煙突」のプロフィール

建 立:1914年(大正3年)12月
所在地:茨城県日立市三作山頂(標高328m)
高 さ:155.7m(当時世界一)
材 料:鉄筋コンクリート(382トン)
規 模:延べ36,800人、9ヶ月間
目 的:銅精錬の煙害防止
所有者:日鉱金属日立工場



←☆写真をクリックすると拡大写真(1.4MB)が開きます☆

 

 

▼倒壊直後の無残な姿

倒壊後の無残な姿

 

1993年2月19日午前9時3分

 折からの強風に煽られたせいもあるのか、大煙突は地響きを立てて倒壊した。突然の出来事であった・・・



 

 

▼大煙突の倒壊を一面トップで報じる地元の茨城新聞(1993年2月20日)

茨城新聞記事2  茨城新聞記事1
  ☆画像をクリックするとPDFファイルの記事が読めます☆    茨城新聞社のホームページへ 
 

 

 

▼倒壊の数日前と倒壊直後の姿

倒壊の数日前(155.7m)

倒壊の数日前(155.7m)

倒壊直後(57m)

倒壊直後(57m)

 

 

 

▼end


今では、もう見上げんばかりの高い煙突は存在しない。

しかし、かつての大煙突の雄姿は人々の心の中にしっかりと刻み込まれ、いつまでも消え去ることはないであろう・・・

-end- 

 

 


  

◆謝辞とあとがき

 倒壊数日前の貴重な大煙突の写真を無償提供してくださった「VFR400R」さん、ならびにアルバムの制作にご協力いただいた「SEIROU」さん、「BIGBEN」さん、「KAZU」さん、そして当時AQUA-NETという電子情報交換の場を提供してくださった「AQUA」さん、さらに大煙突の新聞記事・写真・パンプレットの掲載を許可してくださった茨城新聞社殿、(社)日立青年会議所殿、劇団いちょうの会殿に深く感謝申し上げます。

 また、この復刻版の制作と同じ年に、市民劇「ある町の高い煙突」が12年ぶりに上演されることを「ひたち国際大道芸2003」で配布されていたパンフレットで知りました。大煙突建設までの先人達の熱いドラマを描いた劇です。この機会にぜひ一度ご覧になられてはいかがでしょうか。

 明治から大正にかけての時代に、大煙突建設という画期的な大事業を成功させた先人達の熱い情熱と人間群像は、私達のかけがえのない財産です。その財産を忘れないためにも、日立の大煙突がこれからも人々の心の中で生き続けることを願ってやみません。
 

2003年 5月13日 ケーズプラン代表

 

◆大煙突の関連リンク

・日立市観光情報:文庫本「ある町の高い煙突」
・★★小説「ある町の高い煙突」を絶版から救う投票先★★
・日立市観光情報:観光カラー名刺
・茨城県政の歩み:日立鉱山の大煙突完成
・大煙突のページ
・大煙突ハイキング報告 1997
・日立鉱山見学 その1
・日立鉱山4 
・日鉱記念館 ←日鉱記念館には大煙突建設当時の写真が展示されています   
・日立土産(日立煎餅) ←缶の表に大煙突の絵が描かれています

 

◆市民劇「ある町の高い煙突」

市民劇

市民劇  ある町の高い煙突   二幕七景
原作  新田次郎

とき  平成15年7月26日(土)、27日(日)
ところ 日立市民会館

    ☆内容詳細☆ (PDFファイル0.8MB)

 

◆小説「ある町の高い煙突」を絶版から救う活動

当時世界一といわれた高さ155.7mの日立市の大煙突の建設までの流れと、富国強兵という時代の中、銅の精錬による煙害に苦しむ村を救う若者の生涯を描いた実話に基づく新田次郎氏の小説「ある町の高い煙突」を復刊させようしている「るるるのる」さんに賛同します。
下記の復刊ドットコムの投票用のURLに100票集まると復刊できるそうです。
是非、大勢の方に投票を薦めてください。よろしくお願いします。

★★投票先はこちら!★★

 

◆その他

(社)日立青年会議所 制作『工都から光都へ』を見る
 

 

(C)1993-2003  K'S PLAN all rights reserved.